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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)260号 判決 1983年1月21日

控訴人 磯崎正史

右訴訟代理人弁護士 松永辰男

被控訴人 株式会社 中央相互銀行

右代表者代表取締役 渡辺脩

右訴訟代理人弁護士 小川剛

同 村橋泰志

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  主張

1  被控訴人の主張

(請求原因)

別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、もと訴外小山卓雄の所有であったが、昭和五三年一二月二六日訴外中日本総合信用株式会社のため抵当権が設定(同月二七日登記)された。次いで、昭和五五年九月二二日右会社の申立により本件土地につき増価競売手続が開始され、同年一二月二五日被控訴人が右競売手続における売却によりその所有権を取得し、昭和五六年一月二三月その旨の所有権移転登記を経由した。

しかるところ、本件土地には名古屋法務局甚目寺出張所昭和五五年三月二五日受付第三二五一号をもって訴外小木曽耕司を権利者とする賃借権設定仮登記がなされており、さらに右登記の附記登記として、原因昭和五六年六月六日譲渡、権利者控訴人とする賃借権移転仮登記が同月八日受付をもってなされている。

よって、被控訴人は控訴人に対し、本件土地の所有権に基づき、右賃借権設定仮登記の抹消登記手続を求める。

(控訴人の抗弁に対する主張)

訴外小木曽及び控訴人は、いずれも現在に至るまで本件土地を占有したことがないのであって、このように占有を伴わない賃借権は、民法三九五条による保護を受けるに値しないものというべく、控訴人は右賃借権をもって被控訴人に対抗し得ないものである。

2  控訴人の主張

(請求原因に対する答弁)

請求原因事実はすべて認める。

(抗弁)

小山卓雄は昭和五五年三月二二日小木曽耕司に対し本件土地を、賃料一か月三・三平方メートル当り金一〇円、期間は同日から五年間、譲渡・転貸ができる旨の約束で賃貸し、右小木曽は昭和五六年六月六日控訴人に対し右賃借権を譲渡した。従って、控訴人は民法三九五条により右賃借権をもって被控訴人に対抗し得るものであり、前記賃借権設定仮登記の抹消に応ずる義務はない。

(被控訴人の主張に対する反論)

控訴人の右賃借権はいわゆる抵当権との併用賃借権ではないから、訴外小木曽及び控訴人が本件土地を占有したことがないからといって民法三九五条の適用が排除されるものではない。

訴外小木曽及び控訴人において本件土地を占有したことがないことは認めるが、それは次の事情によるものである。即ち、本件土地はもともと訴外加藤登において有効に賃借権を取得し地上に建物を建築所有していたが、控訴人としては本件土地の所有者である小山卓雄から加藤において右建物を売却する意向である旨聞知したので、そうであれば右建物を購入することにより本件土地の占有を取得することができると考えて前記のように本件土地の賃借権を取得したものである。しかるに、案に相違して右加藤が建物を売却してくれなかったため、土地を使用できないまま現在に至っている。

なお、右に明らかなように、本件土地にはもともと右加藤の借地権の負担が存し、本件土地を処分する場合の減価は右借地権の存在によるものであって、控訴人の仮登記はこの点につき何らの影響も及ぼすものではない。

三  証拠《省略》

理由

請求原因事実並びに訴外小山と訴外小木曽の間において控訴人主張の頃本件土地につき控訴人主張のとおりの内容の賃貸借契約が締結されたこと及び控訴人がその主張の頃右小木曽から右賃借権を譲受けたことは当事者間に争いがない。

右の事実関係によれば、控訴人の本件土地賃貸借は民法三九五条の定めるいわゆる短期賃貸借に一応該当するものということができる。しかしながら、右法条は抵当権設定後の賃借権がすべて抵当権に対抗しえないとした場合、当該不動産の利用の途を杜絶することによって生ずる社会経済上の不利益を避けるため一定の期間を超えない短期の賃借権に限って先順位の抵当権に対抗しうることとし、これによって担保権と用益権との間の調整をはかったものであることは周知のとおりであるから、第三者対抗要件や期間等の点において民法三九五条の要件を満す短期賃貸借であっても、真に抵当不動産を用益する目的をもって設定されたのではない賃借権は同法条の適用のらち外にあり先順位の抵当権に対抗しえないものと解するのが相当である。けだし、賃借権の本体は用益にあり、対抗要件としての登記のごときは第三者に対する関係において用益を安泰ならしめることに奉仕するものたるにすぎず、単に賃借権の(仮)登記ありといって用益をなす意思のない形骸のみの賃借権に民法三九五条の効力を付与することは制度の趣旨を逸脱したものに外ならないからである。

これを本件についてみるに、訴外小木曽も控訴人も賃借権設定以来本件土地を占有したことがないことは当事者間に争いがなく、これに加えて控訴人の自陳するところによれば、本件土地については右小木曽において賃借権の設定を受ける以前から訴外加藤登の「有効な」賃借権が存し、同人は地上に建物を所有していたというのであるから(右事実は被控訴人においても明らかに争わない。)、本件賃借権は、既に右小木曽においてその設定を受けた時点において、加藤に対し土地の引渡を求めえないことはもちろん、地主小山を介して土地用益の実現をはかることもおよそ不可能であったものというべく、これらの事実と前記争いのない事実とを総合すると、本件賃借権は真に用益をなす目的をもって設定されたものではないことが推認される。右賃借権がいわゆる併用賃借権でないことなど、控訴人において主張するその余の事情は右推認を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる資料はない。

従って本件賃借権については民法三九五条の適用がなく、これをもって先順位の訴外中日本総合信用株式会社の抵当権に対抗し得ないというべきであるから、右抵当権に基づく本件土地の競売手続において売却によりその所有権を取得した被控訴人に対してもこれを対抗できないものといわなければならない。

そうすると、右小木曽のした仮登記につき権利移転の附記登記により現に仮登記権利者たる名義を有する控訴人に対し本件土地の所有権に基づいて右仮登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきものであり、これと同旨の原判決は正当であって本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本聖司 裁判官 清水信之 窪田季夫)

<以下省略>

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